時代が変わるとき、何か天変地異がきっかけになることが多い。その異変に対応できなくなった器が新たな器に換えられる。世界の変革への流れに、この地も無縁ではないだろう。震災‐原発事故以降、人々をカネ勘定で見殺しにする国、企業、メディアに対してはアテにしない、信じない、怒りを覚えて行動する人々が増えている。自分たちで復興計画を立て、実行していっている人々がでてきている。放射能汚染への対策さえ、国、企業はちゃんとやらないのだから、人々は自分たちでやるのだ。 そうした動きの一つ一つが新たな器の一片、一片を形作っていくのだろう。