丸一年を超えた長期勾留

 福岡地裁で行われている組対法弾圧裁判(08年5月13日事件)の傍聴人、支援者らが傍聴券配布時の裁判所職員に対する威力業務妨害罪等をでっち上げられて令状逮捕され、9名が起訴(5名は不退去罪も適用)されたいわゆる2・17弾圧事件から1年以上が経過した。被告らは、接見禁止処分を付せられたまま福岡拘置所に勾留されており、第一回公判すら始まっていない。
 この事件は、新左翼党派を名指しした組織的犯罪処罰法初適用という画段階的弾圧に対し、福岡地裁の大法廷を埋め尽くした大傍聴闘争と裁判闘争の爆発に打撃を受け、危機感を抱いた司法権力・裁判所が、公安警察と一体となり、福岡地裁所長の告発により、裁判傍聴・支援者らを令状逮捕・起訴し、組対法裁判闘争の圧殺を図ろうとした前代未聞の暴挙である。

公判前整理手続決定強行と弁護団総辞任

 地裁所長が「被害者」として告発した事件をその地裁で裁くこと自体背理であるが、2・17事件を担当する福岡地裁第3刑事部は、被告・弁護団による公判前整理手続適用絶対反対の再三の意思表明にもかかわらず、昨年7月28日、遮二無二適用決定を下した。本件は、裁判員対象事件でもなく、「単純」な事案である。にもかかわらずあえて適用したのは、組対法裁判のような裁判闘争を押さえ込み、日弁連の司法改革への全面翼賛、屈服を背景に、公安事件への本格適用の前例を作り、今後の地ならしにしようという権力のどす黒い野望によるものである。実際、取調段階から捜査官らは「公判前手続適用してやる」と公言していたのである。
 被告・弁護団は、このような一方的決定に対し、公判前整理手続が公開原則を踏みにじり、被告の防御権を密室の手続で抑圧するものであること等から、その撤回・取消を求めて奮闘した。しかし、最高裁を頂点とする司法権力の意を体した地裁は、妥協的条件を提示し、それにも応じないと「取消の規定がない」との形式論理を振りかざして撤回に応じようとしなかった。そのため弁護団は、公判前整理手続を前提とした弁護活動は被告との信頼関係を破壊するとして09年 10月28日総辞任した。

司法支援センターによる国選弁護人指名の攻撃的本質

 弁護団総辞任により、福岡地裁はすかさず司法支援センターに対し国選弁護人候補の「遅滞なき指名」を求めたはずである。司法支援センターの主管庁は法務省であり、理事長は法務大臣が任命する。被告の訴追者である検察庁を擁する法務省が他方で「国選弁護」をとり仕切るこの仕組みこそ、裁判員制度、公判前整理手続と一体となって戦時司法への転換を画する現代版「指定弁護士」制度である。また、司法支援センターは、「迅速処理」と「効率化」を目標に掲げる独立行政法人であり、裁判闘争の抑圧を本質的属性とする。司法支援センターによる「刑事弁護の国家管理化を許すな」の声は、日弁連内の強固な司法改革反対運動を形成し、今なお多くの弁護士が「つぶせ司法支援センター」をうったえ、センターとの国選弁護契約拒否を貫いている。
 かかる司法支援センターによる国選契約弁護士の指名→裁判所の選任というプロセスは以下のような攻撃性を有している。第一に、支援センター設立以前と異なり、弁護士会が国選選任攻撃に対し制度的に対決する余地を奪われた結果としての国選弁護人指名攻撃であるということ。すなわち、弁護士会に国選弁護人推薦権があった司法改革前においては、私選弁護人が裁判所と対立して辞任しても、弁護士会は裁判所による国選弁護人の一本釣りを認めなかった。むしろ不当な裁判の強行を許さないため、国選弁護人推薦を拒否することによって裁判所の強権的姿勢に対決して闘った。例えば、連続企業爆破事件の裁判(1977年)においては、東京地裁の月4回公判期日指定、欠席裁判強行に対し、私選弁護人は被告人の防御権、弁護権を侵害しているとして総辞任した。これに対し裁判所は、東京弁護士会などに国選弁護人の早期推薦を迫った。しかし、当時の東京弁護士会国選運営委員会は、上記期日指定は、弁護権の侵害であり「現状が是正されない限り、東京弁護士会は国選弁護人を推薦すべきではない」として裁判所の強権的訴訟指揮を強く批判し、国選弁護人の推薦を拒否した。結果として東京の三弁護士会は実質的に裁判所の国選委嘱を拒否した形となり、裁判所が白旗をあげて期日指定を撤回せざるを得なかった。弁護士会の推薦がなければ国選弁護人を選任できなかった制度が、権力、裁判所当局にとっていかに桎梏であったか、また、弁護士会が推薦権を保持していることがいかに裁判所の横暴と闘う上での強力な武器となるかを物語るものである。しかし司法改革に籠絡された日弁連は、戦後60年に亘って保持してきたこの推薦権をやすやすと放棄した。その結果、現在の国選指名は、指名権限を掌握した支援センターによる裁判闘争破壊として顕現せざるをえない。第2に、被告毎の個別弁護人選任による団結解体攻撃であること。かって日弁連で「刑事弁護ガイドライン」策定を巡り会内を二分する激論が行われた際、司法改革推進派は「共犯者同時受任禁止原則」を制定しようとした。しかしこれは労働、公安、集団事件における被告の分断、転向強要、団結破壊を狙う権力の目論見そのものであるとして断固として粉砕された。国選契約弁護士のマン・ツー・マン選任は、まさに葬り去られた「同時受任禁止」を甦らせ被告団の統一を破壊するものである。

裁判所は、公判前整理手続を撤回せよ

 2・17弾圧被告人らの断固とした闘いは、支援センターの「使命」とする迅速な国選指名→裁判所による選任→公判前整理手続強行というもくろみを頓挫させている。国選契約弁護士が被告を分断し、公判前整理手続強行という裁判所の意図の貫徹の担い手となることを受け容れる以上、被告人との信頼関係を構築することはおよそ不可能である。かって、69年10・21国際反戦デー事件の裁判(凶器準備集合罪)において、裁判所が被告らの統一公判要求を受け入れず、分割審理を強行しようとしたのに対し、国選弁護人が「被告人らの右の要求を実現させ得ないのに、なおその任に留まるならば、被告人らの希望しない形における裁判の進行に協力することになるので、それでは結局被告人に対する敵対行為である」として辞任申出をしたことがあるが(判例タイムズ326.340)、きわめて原則的姿勢というべきであろう(ただし裁判所は辞任認めず)。いずれにしても、公判前整理手続に執着する司法当局の野望や面子のために被告人らに不利益が強いられる事態は断じて許されない。本件は、裁判員裁判のように公判前整理手続が必要的とされる事件ではない。裁判所の裁量で決定を行った以上、その取消ができない理由はない。福岡地裁は、直ちに公判前整理手続を撤回し、被告人らを不当な長期勾留から解放せよ。

2010年2月22日記
弁護士 遠藤憲一(5・13組対法弾圧弁護人)