いくつか気になること
はっきり言って、衆議院選挙の結果についてさしたる関心はない。こういうことだろうというのは大方の予想したことではないか。マスコミが煽った「成熟した民主主義としての2大政党制」など、社会の最下層で呻吟する者の存在など眼中にない市民社会の安定的秩序志向の表明でしかない。これについてはもう少し丁寧に後で述べる が、最近気になるいくつかの事態について最初に書いておきたい。
埼玉県東北部の小さな町で暮らしているが、長く付き合ってきた駅前の果物屋が閉じた。まだ50歳前の夫婦に3人の子どもがいたが、これからどういう暮らしを立てていくのだろう。50歳にもなった者においそれと仕事が見つかる状況ではない。この店のみならず、駅前の商店街はシャッター通りと自嘲的に呼ばれるような状態である。これはわたしが暮らす町だけのことだけではあるまい。来年から工事が本格化するのだろうか、宜野湾の普天間基地の代替ヘリコプター基地が建設さされようとしている名護で、名護十字路という商店街のど真ん中が、まさにシャッター通りだ。札束で顔を張り飛ばされた人々が、基地建設工事に期待をつなごうとすることを誰が責められるか。
生活保護費が1700億円削減されるのだそうだ。袖ふれあうも多生の縁程度のかかわりを持っている東京の寄せ場山谷では、生活保護をあてにして暮らしている人々がたくさんおり、今まででさえ、あれこれと難癖を付けて生活保護がなかなか取れなかったのに、これから一体どういうことになるのだろうか。
先日、若い人と話をしていて、大学進学は諦める、親父がコカコーラの会社を首になった、という話を聞いた。10年の間に4回転勤させられての挙げ句である。
『正論』というまことにもって正しい論を張っている雑誌にかつての全繊同盟の会長にして、一時連合の会長代理にもなった宇佐見忠信が、「指導者の心構えがいまほど問われている時代はない。/“和して同ぜず”こそが指導者の座標軸であるべきだ。いまこそ民主的労働運動が活性化され、誇りある安全な国づくり、心豊かな労働者づくりに立ち上がる必要がある。愛国心の涵養や憲法改正、教育基本法改正を訴えることは何ら労働運動と矛盾しない。〈足は職場に、胸は祖国を、眼は世界へ〉が若き日本人への私の願いである」と書いていた。この場合やっぱり「ニッポンジン」なのだろう。
今度の選挙が、自衛隊のイラク派兵と憲法改悪問題とに蓋をして、マニフェストとかいう言葉の目くらましの上での選挙だったとする指摘は時々聞きはするが、本当にそうか。私もこれに大方のところ同意はするが、本当に隠されていたのは、日々の暮らしがどう転んでしまうかわからない民衆の不安に対して、民主党はもちろん共産党も社民党も何の関心も払わなかったことが、選挙民の半分近くが棄権してましうという結果に大きな影響を与えたのではなかったのか。野党などといってみたところで、自分らの日々のたつきとは無関係な人々があれこれと言い争っているという程度にしか、多くの者には思えなかったのだ。少なくとも私はそうだ。
イラク派兵・憲法改悪反対はどういう回路を通るか
自衛官本人はもちろん、その家族も不安におののいておられることであろう。現状でイラクに派兵されれば、こういう言葉は本当はよくないことを承知で言うが、必ず戦死者が出るであろう。テロなどとふざけた言葉をマスコミは使っているが、イラクの現在は当事者にしてみれば、侵略者に対して果敢に解放闘争を闘っているのであり、戦争の継続である。こういう場所に派兵すれば戦死者が出ることなど当然であろう。現状では派兵に反対するとしている民主党も共産党も社民党も、この点について口を閉ざしているが、一旦戦死者が出たとなるとこの国のナショナリズムの昂揚には歯止めがかからないことは歴史の教訓であるはずだ。一挙に戦時体制が構築されることになろう。疲弊した経済状態におかれた民衆の意識が戦争を突破口として、とりあえずの経済の活性化に希望を託すという悲劇を留めることは困難を極めるに違いない。
同じことは憲法改悪問題でも言える。かつてのというより今もまだ新左翼系諸党派の諸君まで「市民」などという鵺のような仮面をかぶって、民衆の心のかけらも掴めなくなっている「公党」との連携から展望を開きたいとする努力が続いているようであるが、そんなことに何か意味があるのだろうか。食えないという先行きへの不安感 から戦争へと転がりだした事態にブレーキをかけるという絶望的な状況に立ち至る前にすべきことがたくさんあるのではないか。
刻々と最悪の政治状況へと至っている。今我々に問われているのは、極端に貧富の差が拡大し、批判者は社会の異端として排除して何の痛痒も感じないこれまでの「市民社会」の在り方全体への鋭い批判ではないのか。リストラは当然で、労働者を大量解雇する経営者が賞揚され、仲間の労働者の解雇を組合が追認するだけでなく、組合からワークシェアなど合理化案を提起して恥とも思わない労働運動を、このままにしておいて本当に戦争を阻止できるでろうか。憲法改悪を阻止できるだろうか。先に引用した宇佐見のような者を放置して労働運動の指導者面をさせておくようなことで、何ができようか。既にしてそうだが、今後一層この手の「労働運動」が巾をきかせ、 必ず民衆の大きな「敵」として立ち現れることになるだろう。
2004年以降の改憲状況
「国民投票法」が改悪され、小泉政権が続いている間に憲法が改悪される可能性が非常に大きくなっていることは事実であるが、ではこのまま直線的に改憲へと至るだろうか。自民党と民主党の大半の改憲勢力にとっても、解釈改憲と明文改憲との間にはやはり飛び越すのにはなかなか困難な隔壁があるのではないか。そこに希望を託すことなどできないが、いたずらに「改憲状況」を煽るのはいかがなものであろうか。事態はイラク戦争への参戦によってまだまだ展開が読めない。紙幅からして断言的に言うしかないが、本来あるべき姿をした労働運動の再建を地道に図ること、そしてイラク派兵はもちろんのことすべての戦争に反対する闘いを線香花火的なものではなく継続性を持ったものとして全国に構築すること、この闘いを通して反改憲運動の足腰を強める運動を、2004年から開始するということになるのではないか。こうした複合的かつ二枚腰の闘いを継続しうる者こそが、改憲阻止の闘いを担う質を有する。「護憲」運動が壊滅的な状況になった今度の選挙の結果からもそれが伺えよう。
(運営委員 小田原紀雄)