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	<title>救援連絡センター &#187; shaco</title>
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	<description>ごくいりいみおおい</description>
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		<title>第８回定期総会講演　「福島を切り捨ててはならない 」 　　　山田　真（小児科医）</title>
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		<pubDate>Sun, 20 May 2012 07:36:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shaco</dc:creator>
				<category><![CDATA[インフォメーション]]></category>

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		<description><![CDATA[放射能を感じることが重要 今この会場の線量は0.06マイクロシーベルト。放射能はその存在を忘れてしまいがちだが、私たちのまわりにはいっぱいある。忘れてしまうと国や東電の責任を免罪してしまう。私は線量をいつも計るようにして [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>放射能を感じることが重要</strong></p>
<p>今この会場の線量は0.06マイクロシーベルト。放射能はその存在を忘れてしまいがちだが、私たちのまわりにはいっぱいある。忘れてしまうと国や東電の責任を免罪してしまう。私は線量をいつも計るようにしている。私の持っている測定器は10万円ほどの器械。高価だから個人で持つのは大変かもしれないが、グループで持って測って放射能を実感したほうがいい。</p>
<p>放射能について国はいいかげんな計測しかしていない。東京都は新宿で測っている値を発表しているが、このところ0.05マイクロシーベルトくらいになっている。しかし江東区は0.15～20マイクロシーベルトくらいある。国民は正確な情報を知らされていないので、嘘になれてしまっている。福島は「あきらめた」という状態になっている。国・県・専門家、誰も信用できないから要求もしない。自分たちだけで守っているので限界があるが、国や県に要求するとろくなものが返ってこない。このごろ福島に行くと「それでいいのか」と思い、切ない気持ちになる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>救援連絡センター設立のころ</strong></p>
<p>救援連絡センターができたころは、東大闘争からはじまる全国学園闘争があり、市民や労働者の闘いがあり、日常的に逮捕者やけが人が出た。1968年の東大闘争のとき私は卒業して医者になっていた。医療救対ということでデモ隊について救急箱を持って一緒に走ったが、とても処置できないので、慈恵医大を拠点にして一時的な野戦病院を作り、救援活動をしていた。なりたての医者を集めたが、人のけがを縫ったこともない医者もいた。けがをした人のなかには、あそこで縫うよりは捕まったほうがいい、という話もあった。かなり滅茶苦茶な医療をやっていた、と今思う。</p>
<p>そういうなかで、共産党系の国民救援会はあったが、対抗するものを作ろうと救援連絡センターを作った。亡くなられた水戸巌さん、郡山吉江さん、私が医療側ということで3人くらいで始めた。今回、水戸さんのことを思い出したが、水戸さんが生きていたら嘆かれたろう。水戸さんは、原子力の専門家で原発に反対し、原発労働者の被曝問題にも関わっていた。水戸さんが生きていたら今回の原発事故は起きなかったかもしれない。</p>
<p>獄中医療については、拘置所に毎週かよったこともある。制限時間なしに接見していたが、実際には金網越しにしか見ることができなかった。先進国といわれる国のなかで、日本の獄中医療は劣悪だ。私が関わっていた30、40年前から良くなっていない。獄中にいる、存在することで起きる病気を「獄原病」という名前をつけた。「現代用語の基礎知識」の今年のキーワードというので載ったこともある。外の医者が行って治療する、その判断によって本人が希望する病院で治療するということを確立しなければいけない。密室治療は恐ろしいと思うそんな経験をしてきた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>日本が放射能に無警戒なのは何故か</strong></p>
<p>昨年、3月11日に福島原発で大事故が起きたが、その半年くらい前に「母の友」という雑誌の連載で医療被曝のことについて書いていた。日本人は放射能について警戒心がない、という問題提起をしていた。広島・長崎を経験していながらどうして医療被曝のことが問題にならないのか不思議だった。5、6年前、ヨーロッパの科学者が世界中の医療で使われる放射線の現状について調べた。日本はレントゲンを撮る率がきわめて多い。学校で全員がレントゲン検査をやることは、日本しか行っていない。欧米では労働者への検診は、被曝するデメリットと診察のメリットを考えると意味がない、ということでやられていない。</p>
<p>最新の機械であるＣＴの時代になってアメリカなどと比較して日本が何十倍も被曝している。ＣＴの3分の1は日本にある、といわれている。日本人は欧米に比べて何十倍か被曝している。ヨーロッパの専門医達が不思議がるのは、日本は広島、長崎で被曝して放射能の怖さを知っている国民であるはずなのに、放射能を警戒しないのはどうしてか、ということ。ヨーロッパの科学者達が計算すると、治療のメリットと被曝のデメリットを比較すると発ガンのデメリットのほうが大きく、レントゲンということがプラスになっていない。にもかかわらず日本では話題にならないのはどうしてか、と言っている。日本の専門家達はヨーロッパから言われるけど放射能の危険性についてどうやって計算して出すのかと言う。広島の被曝者の資料しかなく、広島の被曝の仕方と医療の被曝はスタイルが違う。だから、広島を資料にして危険だ、と言われても耳を傾ける必要がない、と言うのが日本の科学者の態度。</p>
<p>日本が放射線に無警戒なのは何故か、これまで解らなかったが、今回、3・11福島原発事故ではじめて解った。日本は被曝国だから、放射能に対する発言権を世界で一番持っている。核保有国としては、日本人に一番安全だと見てもらわなければ困る。それで、原爆が落とされて以降周到にアメリカによって作られたＡＢＣＣという機関を通じて、被曝の実態をなるべく小さく見せてきた。福島で起きたことは、広島、長崎、第五福竜丸、東海村臨界事故という一連の流れの中にある。広島、長崎、第五福竜丸、東海村臨界事故の人々が受けてきた過酷な隠蔽工作が福島で明らかになった、ということである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>福島の子どもたちの現状</strong></p>
<p>福島の現状は、被害を訴えているにもかかわらず、見捨てられようとしていることが明らかになってきた、ということだ。私は昨年6月にはじめて福島に行き、その後10回くらい行った。福島の子どもたちの健康相談会をやっているが、実際には子どもたちのからだに大きな変化は今のところは起きていない。だが今起きていないというのが実は怖いことで、10年、20年たって起きても何の補償も出ない可能性がある。広島よりもひどい状態が起きるのではないか、相談会でも親御さんはそれを心配している。多いときは10人くらいの医者が集まって相談会を担当するが、1人1時間くらいひたすら聞く。そして、私たち医者ができることは多くない。大丈夫だと言うわけにもいかないし、こんなふうに危険だとも言えない。一緒に続けて闘おう、子ども達をきちっと見続けようとしか言えない。最初のころは「避難しようかどうか」という相談が主だった。そして、避難できる人たちは福島を離れた。自主避難する人を非難する人がいるが、それはおかしい。避難する人たちは基本的に正しい。</p>
<p>ところでぼくの自宅へ昨日までモンゴルの人たち五人ほど来客があった。モンゴルの人達が日本に観光でやってくるのは危険かと聞かれて私は答えることができなかった。どうしても返事をしろ、東京は安全かと聞かれたら、「小さい子はこないほうがいい」としか言えない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>福島現地で起きている分断</strong></p>
<p>福島では最初のころも分断が起きていた。大きな事故が起きるとさまざまな差別が起きる。福島は3つの地域に分かれている。原発のある浜通り、福島から郡山へ向かう中通り、そして会津という地域。原発があれば豊かになるよと宣伝して、浜通りという貧しい所へ原発を持って行った。</p>
<p>浜通りは回復できない、と国は思っているだろう。会津は福島の中では東京並に線量が低い地域が多いのに福島とひとまとめにされて、農産物も売れず困っている。中通りは深刻な状態にあって、さまざまなところがある。福島市は完全に沈黙させられているが、郡山は闘いが組めている、いわきは復興を目ざしている、というふうにさまざまなのだ。</p>
<p>地域的な分断のほかに、いろいろな対立がある。避難していた人と残った人、家族の中でもお母さんは子どものために避難したいと思う、お父さんは仕事があるから避難できない、おじいちゃん・おばあちゃんは「たいしたことないと言われているから、ここに残っていても大丈夫だ」と言う。家の中でも意見が違い、家族のなかでも厳しい状況がある。私たちは「小さな子どもたちは避難したほうがいい」と言っている。</p>
<p>6月のころは相談会もなごやかな雰囲気だった。7月になって戒厳令になったという気がした。福島では放射能が不安だと言うとバッシングを受ける状態になっていた。とりわけ福島市が強くいろいろな規制をしている。外に出ている子どもに対して、「早く教室へ入ったほうがいい」「長袖のシャツを着ていたほうがいい」くらいの注意をした教師に育委員会から指導が入る。それで、何人かの学校の先生が辞めている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>医師会は放射能を無視</strong></p>
<p>福島市の医師会は全員「放射能は心配ない」と口裏を合わせることになっている。最近は子どもを連れたお母さんが受診して、放射能と一言いうと横を向き診てくれないという状態になっている。山下俊一教授という悪名高いピエロがいるが、実は悪の中枢ではない。前面に出てきて非難されても英雄気取りになっている山下みたいのはどこにでもいる。亡くなった重松逸浩とか長崎大の長滝重信とかもっと悪い人がいる。昨年9月に福島で国際会議が開かれ「もう福島は収束した。将来も健康被害はない」と宣言されてしまったが、主催したのは日本財団だった。福島では健康被害なしとするため山下などが動いている。</p>
<p>福島の個人病院で健康診断をしようとしたら、福島市からストップがかかり、「山下さんと相談してからやれ」と言われた。山下としては自分たち以外の健康診断はやらせない。勝手にやった健康診断で被害はなし、将来も大丈夫と言ってしまう。他のところでやるとそういう結果は出ないわけだから、自分たちの健康診断のおかしさが暴露されてしまうから止めている。それで、福島の医者は動きがとれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>食物による内部被曝を減らしたい　</strong></p>
<p>外部被曝を避けようとしてずっと家にこもっているわけにもいかないので、まず、食べ物・飲み物による内部被曝を減らしたい、と思っている。福島の小中学生が日本で一番福島産の食材を食べている。総理大臣がカイワレを食べたという下らないパフォーマンスはあるが、そのパフォーマンスを福島の子どもたちが集団でやらされている。ただちに被害は出ていないから「大丈夫だろう」と微かな期待をかけさせられ、福島の子どもたちが福島産の食材を食べさせられ、牛乳を飲まされている。福島産以外の食材を使ってほしいと要求する親はまわりの保護者から非難される、というとてもつらい状況になっている。</p>
<p>何とか避難できる人たちは避難した。福島で運動してきた人もかなり福島から引っ越した。これまで、福島が危険だと言いながら福島を出ないということで、「危険だと言いながらいるのだから、本当は危険ではないのではないか」という声が浴びせられた人もいる。「残るも地獄、出るも地獄」と言われている。東京に避難している人たちも楽に生活しているわけではなく「福島に帰りたい」と思っている。避難先も1位は山形で、2位は米沢で、3位は新潟、4位北海道という順序になっている人が多い。一旦出ると、例え将来線量が減ったとしても帰れないと思っている人が多い。</p>
<p>また、福島出身ということで差別されるのではないか、という気持ちが非常に強い。実際に子どもを幼稚園に入れようと連れて行ったら「福島の人は遠慮して下さい」と断られた例がある。人権問題にしようと思ったが、お母さんが「幼稚園の名前は絶対に言わない」と頑なに拒否するのでそれ以上できていない。</p>
<p>福島で健康相談会をはじめて驚いたのは、400人くらいきたこと。東京でも沢山くるだろうと思って東京で相談会を開いたが30人くらいしかこなかった。福島の人たちは避難先で福島出身ということを明かさない、としているようだ。例えば江東区の東雲（しののめ）に固まって避難している人たちは、福島出身だということがわかっているはずだが、それでも外と連絡をとりたくない、という人が多い。広島の被曝者が被曝者であることを隠してきた、ということを福島の人たちが知っているわけではないと思うが、直感的にわかるのかと思う。福島のお母さんと話していると、女の子は福島とわかると結婚できなくなる、子どもを生めないのではないかと心配している。福島という名前で差別されるということを実感している人たちが多くなっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>被曝と補償の関係</strong></p>
<p>福島に残った人で「心配だ、不安だ」という人には風評被害だ、という非難が集中するというつらい状況にある。どうして山下俊一教授が活躍して「なんでもない」と言うかというと、補償の問題があるからだ。平凡社新書で出ている「被ばくと補償」という直野章子さんが書いた本がある。「広島、長崎そして福島」と書かれているが、広島での補償の状態が書かれている。</p>
<p>広島で被曝した人たちについて、いろいろな形で書かれている。直接、爆心地近くに入って動き回った人たちも被曝の対象になっているが、遺体を10体以上収容・処理の作業をした人が被曝者と認定されている。9人の遺体を処理した人は被曝者にならないけれども、10人を処理した人は被曝者になっている。あとから被爆地に入って遺体を収容したお母さんや、背中に負ぶわれていた子どもで被曝の対象になるのは2歳以下の子ども。実際に赤ちゃんを背中に負ぶったお母さんが小学校の子どもの手を引いて被曝者10体以上の収容を手伝ったが、赤ちゃんとお母さんは認定されたが、小学生はどこにも入らなかった。3人連れで歩いていながら、小学生だけ認定されない、という悲惨なことが起きている。</p>
<p>実際に今問題になっているのは、内部被曝、低線量被曝であり広島では補償されていない。沢山の被曝者が切り捨てられている状態で、今、低線量被曝について語ることができるのは、肥田舜太郎さん、矢ヶ崎克馬さんといったお医者さんたちだが、この人たちは被曝者の訴訟に関わってきた人。そういう人たちしか低線量被曝した人たちに寄り添ってこなかった。ほかの人たちは、多くの専門家たちは低線量被曝、内部被曝はない、ということにしてきた。</p>
<p>1991年に亡くなった中川保雄さんという人が書いた「放射線被曝の歴史」という本や、チェルノブイリのあとカール・Ｚ・モーガンという国際放射線防護委員会で最初の委員長だった人が1994年に書いた「原子力開発の光と影」という労作がある。モーガンという人は、低線量被曝、内部被曝を告発したから委員長をおろされた。「モーガンは立派な人だが、精神状態に異常をきたして変なことを言うようになった」という情報が日本に入ってきたが、この本はモーガンが九一歳の時に書かれたもので立派な本。モーガンやゴフマンなどは追放されている。ロシアでもチェルノブイリで真実に近いことを伝えた学者たちは、ほとんど追放された。旧ソ連の学者ではヨーロッパに亡命している人もいるし、汚職をデッチあげられて禁固刑になった人もいる。放射能の健康被害について告発した人たちは、ことごとく抹殺されてきた。今回の福島についても最初から被害隠しが行われている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>研究材料としての健康診断</strong></p>
<p>国は勝手に健康診断して、あとになって「なんでもなかった」という結果を出してくる。東海村の臨界事故で3人の作業員が高線量の被曝をしているが、2人亡くなって1人はその後どうされたかよくわからない。それ以外に二百数十名の人が被曝している。この人たちは体の中のナトリウム量を調べ、1番多い人で42シーベルトだった。それで、50ミリシーベルト以下では将来にわたって影響はない、ということで事故調査委員会は終わりにしてしまった。蓋はしてしまったが、この人たちは毎年健康診断をしている。広島もそうだが、治療の対象ではなくて研究材料にされている。アメリカにとって広島・長崎は爆弾の威力を計る実験だったわけで、放射線の被害を浴びた人たちがどんな状態か知りたかったはず。そういう意味では調査・研究はするが、「健康被害が出るかもしれない」と言うと拙いのでそういう言い方はしない。東海村事故の時も毎年やる健康診断については、「健康被害はないのだから毎年やる必要はないが、住民の中に不安を持つ人がいるので不安を解消するために健康診断をやる」と言っていた。</p>
<p>今回の福島についても18歳以下の甲状腺癌の調査をやる、ということを発表した際に、東京新聞の記者が山下教授に聞いたら、「健康被害はないのだから、本当はやる必要がないのだが、住民の不安に応えるため」と言った。健康診断をやる場合、最初から「全員異常がでない」ということなら健康診断などやる必要はない。今、福島では「ない」と想定した上で、健康診断をやっている。</p>
<p>最初、浪江地区とか大熊地区とかの強制避難地域の住民には、60ページの分厚いものが渡されて、3月11日以降の、行動記録、食事記録を全部書けと言う話だった。そんな周辺の人たちは11日から14日くらいほとんど何の情報もなく、食事のことなど覚えていない。私たちが東京で水素爆発の状況をテレビで見ていた時に、水素爆発を知らなかったという人があの地域に多数いる。ほとんど噂がネットで伝わったという状態で、電話も電気も使えない状態だった。</p>
<p>3月12日の沢山の放射能が降り注いでいる状態で、背中に赤ちゃんを負ぶって屋外で待っていた、というお母さんが何人もいて悔やんでいる。東電や国を責めるのではなく、自分を責めている。自分がうかつで情報をつかめなかったために、この子をこんなにしてしまった、と思っている。お母さんの責任ではなく、国や東電が悪いのだが、実際にはそういう人たちが多い。避難所にいれば、食事の状態なども分かるのだが、日常生活の延長は特別なことがないから覚えていないし、書けない。回収率は悪かったのだが、行政が書けというのでかなりの人が書いた。その結果、勝手に線量が1人1人出され、「このくらいの線量しか浴びていないので一生健康については問題ない」と書かれたものが返ってきている状態。こんなものが信用できるわけはない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>全ての問題は被曝の問題だ</strong></p>
<p>結局、全ての問題は被曝に対してどう補償されるのかという問題であり、現地の人達も私たちも被曝手帳を早く作れと言ってきたが、作らないし、被曝者認定はしていない。実は被曝者という言葉は使わない方がいい、という意見もある。被曝者と言うと証明しなければならない。どのくらいの線量を浴びたという線引きがされてしまう。それは被害者を限定することになる。実際には被曝量はわからない人が多い。被曝者というより被害者というほうが正しい、と思う。そして、最低限、一生にわたる補償をしてくれないと困る。</p>
<p>国は補償を少なくするためには被曝者を最小限にしようとする。結局チェルノブイリでも、国際的には被害を最小限にして子どもの甲状腺癌だけが被害であるように言ってきた。しかし、それ以外に大人にも子どもにも各種の癌が増えているし、免疫力の低下や循環器の異常などさまざまな被害が出ている。しかし、因果関係が証明されないということで、原発の被害ということになっていない。甲状腺癌については隠しきれなかったということだが、日本では甲状腺癌さえも隠そうとしている。</p>
<p>補償の問題になると因果関係の立証ということになるが、放射能が原因ということを証明することはほとんどできない。どれが原因か明らかにする力は今の医学にはない。放射能特有の症状というのはないので、ある地域で年間1人しか甲状腺癌が出なかったのに、10年後に10人に出たとしたら、影響があったと認めなければならない。だが、1人1人放射線の影響があった、なかったと見分けることは医学の力ではできない。そうすると、全ての子どもに放射線の影響はないとして切り捨てるか、全ての子どもに影響があり補償の対象にするか、どっちかしかない。加害者側がそうじゃないと証明できないかぎり、全ての人に補償すべきである、というのが森永ヒ素ミルク中毒事件、水俣病でやられてきたもの。これが福島では非常にしにくい。ひとつは地域が限定できない、そして被害者が非常に多いことが要因である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>マスコミの状況と避難問題</strong></p>
<p>今、渡利地区が問題になっている。しかし、こうした現地の情報が全国に伝わらない。東京新聞、共同通信くらいは現地に入って取材しているが、ほかのところは現地取材をしないで記者クラブ情報だけ。福島民報は県の御用新聞みたいになっているので「福島は大丈夫・安全」「全ての検査をしたが何の被害も出ていない」という報道しかしない新聞になっている。その受け売りをしている東京の新聞を読んでも、福島の状態はわからない。</p>
<p>渡利地区は福島の中心部に近い地域、阿武隈川をはさんだ向かい側が官庁街という立地。渡利地区を汚染地区にすると、福島市全域を避難地区にせざるを得ない。福島市全体を避難地区に指定すると、20万人規模の人達が補償の対象になる。渡利地区は線量を測ってみると4マイクロシーベルトという東京から見れば100倍くらいの線量があったりする。実際に2月に相談を受けたおじいちゃんは「家の中であちこち線量を測ったら20マイクロシーベルトもある場所があった」という、恐ろしい地獄のようなところで暮らしている。福島が避難地区と認められないと、それより少し低い郡山などは到底認められない。渡利地区は橋頭堡のところであり、渡利地区を認めさせることができれば、もう少し避難地区を広げられる。そのへんのところで闘いが止まっている、というのが今の状態である。</p>
<p>実際に水俣病の闘いのことなど考えれば、今度の事故で東電という会社の入口は座り込まれて、機能停止になっていても当たり前だと思うが、敵が国なのか東電なのか見えにくい状態になっている。私は、もはや国が相手ではなくて核保有国・国連レベルの問題であると思う。基本的には、アメリカの問題だと思う。情報もアメリカが流していい、という情報は流せるが、流していけない、という情報は流せない状況であって、山下俊一教授をはじめ専門家といわれる人達もアメリカの傀儡だと思う。ＡＢＣＣの流れを酌み放射能の被害をできるだけ低くするように、世界規模で押さえつけている。福島原発事故は非常に大きな事故であって、世界的に見て大変なことが日本で起こっているのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>集団訴訟を起こし、福島を切り捨てない</strong></p>
<p>これから何をするかだが、非常に大きな問題が沢山あって、とにかく早いうちに集団訴訟を起こすことが必要だと思う。今は10何人の訴訟が行われているが、もっと大きな訴訟にする。東京など被災地だと思っている人達を集めて大きな訴訟にしていかないと、風化し新聞社も関心を失っている状態になっていく。とくに今年になってから、避難という言葉もあまり使われなくなり、かわりに保養をすすめようということになってきた。</p>
<p>これまで、子どもたちを1週間、10日と疎開させるということをやっていたが、その程度のことでは間に合わない。子どもたちの体の中からセシウムを出すために、北海道と福島の学校が提携し、1年生が北海道の学校に通って1ヵ月したら帰ってきて、その後2年生が行くとか、長期の月単位の保養をしていこうという話になっている。それは、国が何もしない、補償の見通しもない、生活を立て直してくれるという方向性も見えないなかで、悲しい選択だと思う。</p>
<p>私たちは、沖縄を切り捨て、広島を切り捨て、長崎を切り捨ててきた。そして何もなかったかのように復興してきた。福島についても、福島を切り捨てた上で復興しようという姿勢が国に見えている。その中で切り捨てられまいとして、福島があがいているというのが今の状態だと思う。福島の問題は福島だけの問題ではない。私たちは、沖縄、広島、長崎、第五福竜丸を切り捨ててきたという歴史を今こそ断ち切らなくてはならない。</p>
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		<title>秘密保全法制と共謀罪　　　　     関東学院大学　足立昌勝</title>
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		<pubDate>Fri, 18 May 2012 07:48:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shaco</dc:creator>
				<category><![CDATA[インフォメーション]]></category>

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		<description><![CDATA[はじめに ─秘密保全法制が登場してきた背景─ 2011年8月8日「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」は、「秘密保全の在り方について」と題する報告書を発表した。 この有識者会議は、前年に発生した尖閣諸島中国漁 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>はじめに</strong><br />
<strong>─秘密保全法制が登場してきた背景─</strong><br />
2011年8月8日「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」は、「秘密保全の在り方について」と題する報告書を発表した。<br />
この有識者会議は、前年に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件（9月7日）とその映像ビデオのユーチューブの流出（11月4日）及び警視庁公安部の国際テロ捜査に関する内部資料とみられるデータがファイル共有ソフト「ウィニー」上に流出（10月29日）したことを重視した仙石官房長官（当時）は、衆院予算委員会で中国漁船衝突事件の映像流出問題に関連し「国家公務員法の守秘義務違反の罰則は軽く、抑止力が十分ではない。秘密保全に関する法制の在り方について早急に検討したい」と強調し、検討委員会を早急に立ち上げる考えを示した。<br />
その結果、政府に設置されたのが「情報保全に関する検討委員会」であり、その下部機関として「有識者会議」が設置された。有識者会議は、2011年1月5日に第一回会議を開催して以来、六回の会議を開催し、上記の報告書を発表した。<br />
この会議は、すべて二時間以内で行われた。毎回、事務局が論点とそれに関する資料を作成し、それに基づいて、事務局から議論のポイントが説明され、委員達はそれについての意見交換をしただけである。そこでは何も決めていない。事務局がすべての議論をリードし、委員の意見を聞き、その会の結論としているだけである。何のための有識者会議だったのか。このような有識者会議ならいらない。単に、結論の正当化のために設置され、開催されただけである。有識者会議の在り方については、今一度考え直してみる必要があるだろう。<br />
<strong>秘密保護法制の歴史</strong><br />
<strong>1　明治からポツダム宣言受諾まで</strong><br />
明治13年の旧刑法は、スパイ（間諜行為）を処罰し、現行刑法もその流れの中にあった。それは、戦後の平和主義の下で、当然のように削除された。<br />
明治時代に、旧軍機保護法や要塞地帯法が制定され、他の治安立法と相まって、①秘密事項を国民に知らせない、②戦時におけるスパイの処罰、③平時における軍事秘密の保護という三つの側面からなる国家秘密保護法制が一応の完成を見た。　その後の国家総動員体制への転換は、より一層軍事機密の保護を強めることになった。1936年（昭和11年）の２・26事件、1937年の盧溝橋事件などを背景として、軍機保護法が改正され、軍事機密の範囲が広げられ、その種類や範囲は、陸海軍大臣の命令に委ねられることになった。また、翌年には、国家総動員法、1939年には軍用資源秘密保護法が制定され、さらに、1941年には、「国防上外国に対し秘匿することを要する外交、財政、経済その他に関する重要なる国務に係る事項」を国家機密とし、それを保護する国防保安法が制定された。<br />
ここに、戦時体制における強固な秘密保護体制が確立された。</p>
<p><strong>2  戦後から現在まで</strong><br />
このような秘密保護体制は、ポツダム宣言の受諾と新憲法の平和主義の下で、すべてが廃止されることになった。しかしその一方で、新たな秘密保護の在り方が追及されていた。<br />
憲法の平和主義を無視して締結された日米安保条約に基づき、アメリカ軍が駐留することになった。その結果、アメリカ軍の軍事機密を保護するために刑事特別法（1952年）とＭＳＡ秘密保護法（1954年）が制定された。これらの秘密保護法の特徴は、探知・収集という行為の前提として「合衆国軍隊(我が国)の安全を害すべき用途に供する目的をもって、または不当な方法で」と規定されたことである。このような目的と方法が一つの条文で規定されることは稀有なことである。目的犯とすることは戦前からも存在していたが、「不当な方法」での処罰は存在しなかった。その意味においては、これこそが、戦後型秘密保護法の特徴と言えるだろう。<br />
これとは別に、国家が有する秘密を守るために、公務員に対し、守秘義務を認めている（国家公務員法100条、109条12号)。<br />
このような秘密保護の動きは、1979年の改正刑法草案でも現れていた。すなわち、140条は公務員機密漏示罪を規定していたが、様々な要素の中で、改正刑法草案は法律化されることはなかった。1985年には、勝共連合の後押しを受けた自民党有志が国家秘密法案（スパイ防止法案）を国会に提出した。ここでは、「防衛及び外交の事項にかかる文書、図画又は物件で、我が国の防衛上秘匿することを要し、かつ、公になっていないもの」を「国家秘密」とし、外国への通報目的または不当な方法で探知・収集した「国家秘密」の漏示・通報が処罰対象とされていた。ここでの処罰対象者が特定の人ではなく、一般人であることについては、特に注意する必要があるだろう。<br />
<strong>答申に現れた秘密保全法制の概要</strong><br />
その必要性については、①情報のネットワーク上へ流出する危険、②外国との情報共有の促進に伴う秘密保全に関する制度の必要性、③国家公務員法における秘密漏示罪の懲役一年という抑止力の低さが取り上げられているが、①と②については、論外である。そのような事態が存在するとしても、なぜ処罰しなければならないのかという説明にはならないからである。③の抑止力の低さでは、今までこれで行われてきたのに、なぜ、今、これを問題にしなければならないのかが不明である。<br />
秘密の範囲については、守るべきものを「特別秘密」とし、①国の安全、②外交、③公共の安全及び秩序の維持がそれであるという。これを簡単に言えば、①防衛秘密、②外交秘密、③公安・秩序秘密ということであろう。ここで新しいことは、公安・秩序秘密を守るべき「特別秘密」に加えたことである。<br />
防衛秘密や外交秘密については、スパイ防止法案において大いに批判されてきた。その現実は現在においても変わっていない。しかし、公安・秩序秘密はまだ議論されてこなかったことである。<br />
この秘密については、警察の在り方そのものにかかわるものであろう。ここでいう「公共の安全及び秩序の維持」を担っているものは、公安警察であり、顕在化せずに、秘密裏に活動する組織である。そこで収集された情報を秘密指定し、それへのアクセスを刑事罰で禁止することは、公安警察を正当化するものであり、絶対に許すことはできない。警察は不偏・不党なものでなければならないことは当然の前提であり、警察的観点からの社会の敵を想定し、それに対する隠密情報収集活動は、警察活動の前提に反するものである(その他の問題として、秘密の管理（秘密の指定、人的管理、物的管理)や罰則、さらには、知る権利との関係などがあるが、枚数の関係上、割愛せざるを得ない）。<br />
従来の秘密保護法は、目的犯構成を取り、敵国の存在を前提とし、敵国に内通するような行為の処罰を前提としている。それに対しこの秘密保全法制は、秘密を管理するものの漏えいを処罰するものであり、国家公務員法の系列に属している。しかし、それとの大きな相違は、一般人が行う「特定取得行為」を処罰の対象としていることである。この特定取得行為こそが、本法制の目玉であり、一般人が行う探知行為を処罰するものに他ならない。<br />
<strong>秘密保全法制と共謀罪</strong><br />
従来の秘密保護法には、予備罪、教唆・扇動罪に関する規定は存在するが、共謀罪の規定は存在しなかった。それに対して、爆発物取締罰則4条、国家公務員法110条1項17号、地方公務員法61条4号、自衛隊法122条4項で、共謀罪の独立処罰が認められており、今回の秘密保護法制も同じく共謀の独立処罰を認めている。<br />
ここで認められている共謀の独立処罰は、国家体制を守ることを原則としている。すなわち、自由民権運動から政権を守るための爆発物取締罰則規定、公務員が争議行為を行うことによる公務員の中立性の侵害、軍事秘密を、自衛隊法で防衛秘密とし、また安保条約の下での軍事秘密の保護である。<br />
今回の秘密保護法制の特徴は、外交秘密、防衛秘密に加えて、警察秘密を加えたことである。これらは、現政権にとっては自らの体制そのものを守ることを意味している。そのためには処罰の早期化をはかる必要があり、共謀段階での処罰を求めている。<br />
これを許してきたのは、刑法学者の怠慢であり、マスコミの怠慢に由来している。先にあげた共謀独立処罰の立法例でも明らかなように、国家公務員法、地方公務員法、自衛隊法は、大きな改正を経ているので、その都度、論議する機会が存在した。その際に、この重要な問題に気づかず、批判してこなかったことが、今日の事態を招いたのであろう。<br />
その理由の一つに、学会での論議が、共謀の独立処罰に目を向けず、犯罪論体系にのみ目が向いていたことがある。<br />
早急に体勢を立て直し、国家の在り方そのものに目を向け、共謀の独立処罰に対し批判の目を向けなければならない。<br />
共謀罪の独立処罰をさらに認めることは、現在問題になっている共謀罪を認めることに等しい。私たちは何のために闘ってきたのであろうか。原点に立ち返り、共謀罪導入阻止のためにも、秘密保全法制の制定を許してはならない。</p>
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		<title>国家による殺人　「戦争」と「死刑」をめぐって</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Apr 2012 07:27:24 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[インフォメーション]]></category>

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		<description><![CDATA[編集部の意向では、3・11以後1年の状況をいかに捉えるかを述べよ、とのことである。紙幅の関係から、私の関心に基づいていくつかのテーマを取り上げ、それらにごく簡潔に触れるに留めることになる。 1 吉本隆明の死の報に接して、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>編集部の意向では、3・11以後1年の状況をいかに捉えるかを述べよ、とのことである。紙幅の関係から、私の関心に基づいていくつかのテーマを取り上げ、それらにごく簡潔に触れるに留めることになる。<br />
<strong>1</strong><br />
吉本隆明の死の報に接して、彼の、すべてではないとしても多くの書物を読んでいるうちに過ぎ去ったのは、半世紀有余の歳月であることに、今さらのように気がついた。スターリン主義と共産党に対する批判に意味があった50～60年代初頭、新左翼理論と運動の台頭の渦中での60年代の試行錯誤、内ゲバ・連赤粛清・爆弾死を契機に左翼的なるものが退潮してゆく70年代、左翼の廃墟の上に爛熟した消費社会が成立してゆく80年代、ソ連崩壊・オウム事件・新自由主義の席捲など波乱相次ぐ世紀末の90年代、そして9・11と3・11という二つの日付によって10年の歳月が象徴されてしまう新世紀初頭――乱暴を承知で、この半世紀有余を上のようにまとめてみる。<br />
そのすべての期間にわたって、政治・社会・文化現象に関わっての、吉本のなにがしかの発言があった。『救援』の読者の中には、彼の見解に、時に共感し、ある時は反発し、ある時は厳しく批判し、またある時からは全否定し――といったさまざまに異なる捉え方の人がおられよう。私自身と周辺の人びとの在り方から判断する限り。若い世代の人びとのなかには、吉本にはまったく関心を持たず、読んでもいないという人も多いだろう。死の直前の『「反原発」異論』の内容が無惨なだけに――それは、「近代」と「科学技術」に関する吉本的な把握の方法に起因する問題だが――、その傾向に理由がないわけではない。<br />
同時に、こと「犯罪」や「事件」に関わっても彼は無視できない発言をしていることを想起しておきたい。私には、次の三つがとりわけ印象に残っている。60年安保闘争時の全学連の国会突入についての6・15事件「思想的弁護論」、連赤事件に際しての永田洋子論、オウム真理教事件に関わる一連の発言、である。是非の立場はそれぞれに持たれようが、私の考えでは、国家（裁判）が或る「犯罪」や「事件」を裁き、社会一般（世論と言い換えてもよい）がそれに付和雷同するという問題の本質に関わって、折に触れて立ち戻るべき論点がそこでは提起されている。『救援』紙上で、哀悼の意も込めて、あえて吉本の死に触れる所以である。<br />
<strong>　2</strong><br />
2年半前、民主党政権が成立したとき、元自民党員や松下政経塾出身者を多く有する党だけに、さして期待はできないと思いつつも、長期にわたる戦後史を規定してきた自民党政治からどの程度まで離陸できるかは見守りたいと思った。それを検証すべき論点は、もちろん、多岐にわたる。とりわけ3・11以降、問題は質量ともに深刻化して現在に至っている。だが、ここでは、私が当初設定した問題の枠組みで考えてみる。<br />
国家権力を掌握すると、政府（この場合は、＝国家）は「戦争」と「死刑」という二つの方法で、民衆に「死」を強いる、あるいは「殺人」を命令する権限を有するようになる。日本国憲法には非戦規定があるから、本来なら、少なくとも前者は許されないはずだが、九条の理念が自民党政治の過程で風前の灯にある（沢田研二風に言えば「窮状」にある）ことは、無念にも認めざるを得ない現状である。民主党には、旧社会党メンバーも一定数いるが、党首であった村山氏を首相とする連立政権時に、首相自ら行なった自衛隊と日米安保を容認する発言のツケがいかに高くついたかを、アフガニスタンとイラクに対する戦争への加担によって身をもって知っただろう。期待は禁物だが、民主党政権がこの点に関して、あるべき未来に向けてどこまで踏み出すことができるか、せめても、自民党時代よりはいくらかでもマシな方向への転換が図られないものか。そこに注目したいと思ったのだ。2年半後のいま、結果は誰の目にも明らかだろう。<br />
特にこの3月、朝鮮民主主義人民共和国（北朝鮮）が「衛星」打ち上げを予告して以降、発射を阻止する外交的な努力をいっさい放棄して、前のめりに軍事的対応に終始する姿勢が目立つ。政府は、打ち上げられた物体の部品などが日本の領土・領海に落下する場合に備えて、ミサイル防衛（ＭＤ）による迎撃態勢をとるために「破壊措置命令」を下した。沖縄の先島諸島へは地上配備型迎撃ミサイル「パトリオット」（ＰＡＣ３）と部隊が派遣されている。戦争に向けての民衆の「馴致訓練」が、対抗勢力が国会内に不在であるために、自民党時代以上に易々と進行している。戦後史の過程を辛うじて生き永らえてきていた「戦争は嫌だ」「戦争反対」の民意が政府と資本の攻勢にいかに対抗しうるか、正念場を迎えることになる。<br />
<strong>3</strong><br />
等しく国家の名の下に行なわれる殺人行為であっても、戦後日本においては「死刑反対」の声は「戦争反対」のそれに比して大きなものとなっていない。ＥＵは死刑廃止を加盟要件の1項目としており、また多数の国々が死刑制度を廃止して、その限りにおいては従来の国家の在り方を超える地平へ歩み出ている現実に比べると、日本の現状は深刻な問題を抱えている。（強硬な死刑存置国である中国・北朝鮮ともども、冷戦構造がなお残る東アジア地域に固有の問題だと捉える視点が重要だと思われる）。<br />
死刑廃止に向けての国会議員・法務省への働きかけと同時に、死刑囚表現展や死刑映画週間の開催などは、社会の基底から死刑廃止の気運を打ち固める努力だったが、力及ばず、去る3月末民主党政権下で2度目の死刑執行を許してしまった。　今回執行された3人の方のうち松田康敏氏は毎年のように表現展にユニークな絵画作品を応募して、その表現上の工夫を高く評価されてきた方である。今年の応募締め切りは7月末日だが、執行されるほんの数日前に応募作品が届いた。死の直前まで表現に打ち込んでいた「生身の」人間が、あの冷酷で残虐な方法を駆使した「国家による殺人」に斃れた事実を噛みしめて、今後の活動のあり方をさらに工夫したいと思う。<br />
<strong>（太田昌国＝大道寺幸子基金運営会）</strong></p>
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		<title>福祉事務所の警察OB問題　　　いま、主戦場の横浜に結集を！</title>
		<link>http://qc.sanpal.co.jp/act/1509/</link>
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		<pubDate>Wed, 18 Apr 2012 07:25:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shaco</dc:creator>
				<category><![CDATA[各地の運動情報]]></category>

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		<description><![CDATA[全ての労働者、市民のみなさん これまで横浜市当局は、横浜市全区に１９名の警察OBを配置することを画策してきました。 しかし、横浜市従、自治労横浜の労働組合の反撃を受けて、当局は「当面４名の局配置」を表明していますが、全面 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong></strong>全ての労働者、市民のみなさん</p>
<p>これまで横浜市当局は、横浜市全区に１９名の警察OBを配置することを画策してきました。</p>
<p>しかし、横浜市従、自治労横浜の労働組合の反撃を受けて、当局は「当面４名の局配置」を表明していますが、全面撤回、白紙撤回には応じていません。</p>
<p>この間、寿日雇労働者組合は他の市民団体と共にこの問題を独自に追求し、３月１９日に横浜市当局に抗議行動を展開し、３月２９日に「団体交渉」を実現させました。しかし、当局は２時間半にも渉る交渉で、当面４月は現場（福祉事務所）に赴かせないことは確約したものの、業務内容や詳細は隠ぺいし、最後には「沈黙」に終始しました。</p>
<p>当該の健康福祉局の保健課係長は説明責任の不足を認め、ここに改めて第２回目の交渉日程を確約しました。</p>
<p>しかし当局は、秘密裏に、現場に新たな「要領」を通知し、OBの配置展開はもとより、警察OB導入を合理化すべく業務策定に入ったことが明らかになりました。</p>
<p>第２回目の交渉は下記の日程、場所でおこなわれます。</p>
<p>誰でも参加可能な集会＝「団体交渉」です。健康福祉局の保護課課長をはじめ、その担当部局である「適正化担当課長」を引き出し、白紙撤回をかち取る場にしたいと思います。</p>
<p><strong>日時　　４月２５日（水）　午後４時</strong></p>
<p><strong>場所　　横浜市庁舎　　８階８S会議室</strong></p>
<p><strong>当日午後３時半　JR関内駅南口集合</strong></p>
<p><strong>みんなで一緒に市庁舎へ行きましょう！</strong></p>
<p>【連絡先】　寿日雇労働者組合</p>
<p><strong>こちらにビラ（PDF）あります。</strong>→<a href="http://qc.sanpal.co.jp/wp-content/uploads/2012/04/img1843.pdf">img184</a><a href="http://qc.sanpal.co.jp/wp-content/uploads/2012/04/img1851.pdf">　　img185</a></p>
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		<title>待望の『救援縮刷版第三集』が完成しました！</title>
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		<pubDate>Sat, 07 Apr 2012 05:15:29 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[インフォメーション]]></category>

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		<description><![CDATA[第三集には、1984年1月（第177号）から1988年12月（第236号）まで、5年間分が収められています。 第一集（1968年～1977年8月）、第二集（1977年9月～1983年）とともに購入よろしくお願いします。  [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>第三集には、1984年1月（第177号）から1988年12月（第236号）まで、5年間分が収められています。<br />
第一集（1968年～1977年8月）、第二集（1977年9月～1983年）とともに購入よろしくお願いします。<br />
『救援縮刷版第三集』<br />
彩流社発行 定価9500円＋税<br />
新宿・模索舎でも取り扱っています。救援連絡センターで購入の場合、定価9000円＋送料。</p>
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		<title>春の嵐にも耐え抜くカンパを！</title>
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		<pubDate>Sat, 07 Apr 2012 05:03:48 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[インフォメーション]]></category>

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		<description><![CDATA[3月31日、救援連絡センターは第8回総会を開催しました。会計監査報告のなかで、昨年度財政は約150万円の赤字となったことが示されました。この財政状況は本年に入っても好転せず、例年3月は収入が厳しいパターンとも絡み合い、蓄 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>3月31日、救援連絡センターは第8回総会を開催しました。会計監査報告のなかで、昨年度財政は約150万円の赤字となったことが示されました。この財政状況は本年に入っても好転せず、例年3月は収入が厳しいパターンとも絡み合い、蓄積金が底をつきました。とりあえず、事務局員の活動費を遅配にすることで凌いでいます。冬季に特別カンパを訴えましたが、収入は伸び悩み、昨年度の赤字がもろに春季に重なってしまいました。救援縮刷版の第3集を発刊したため、一定の増収は見込めますが、タイムラグがあります。ここは、協力会員、購読者、支援者のみなさんへ緊急カンパを訴えたいと思います。権力との弾圧攻防も厳しい局面ですが、救援連絡センターへの緊急カンパ、どうかよろしくお願いします。</p>
<p>東京都港区新橋２−8−16　石田ビル5階</p>
<p>郵便振替 00100-3-105440　救援連絡センター</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>新たな捜査手法に反対する緊急声明</title>
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		<pubDate>Mon, 12 Mar 2012 08:08:04 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[インフォメーション]]></category>

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		<description><![CDATA[2012年2月23日、警察庁は国家公安委員会委員長主催の「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会最終報告」を発表した。研究会の目的は、「取調べの可視化を具体的に実現することを目ざすものであるが、我が国の捜査の実態を現 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2012年2月23日、警察庁は国家公安委員会委員長主催の「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会最終報告」を発表した。研究会の目的は、「取調べの可視化を具体的に実現することを目ざすものであるが、我が国の捜査の実態を現状そのままにして、直ちに取調べの可視化だけを行うこととすれば、結果的に治安水準を落とすこととなるという懸念も踏まえ、我が国の捜査の在り方を見直し、治安水準の維持という観点も踏まえて、捜査構造全体の中で取調べの機能をどうするか、どのように可視化・高度化を図るか、取調べ以外の捜査手法をどのように高度化するか等について、幅広い観点から検討を行う」とされており、警察庁の意図を露骨に示している。すなわち、冤罪発覚で追いつめられ、取調べの可視化と捜査方法の見直しが不可避の中で、「可視化＝治安悪化」という虚偽キャンペーンを行い、治安を守るための「新しい捜査手法」導入を強力に推進しようということである。<br />
「最終報告」では「我が国における取調べの真相解明の機能」が強調され、それを損なわない「可視化」として方法論が確定された。他方で「諸外国において導入されていた捜査手法についての検討を行った」結果として、「実現可能性が高いものについては、順次速やかに導入にむけた検討を進め、実現を図っていくべきである」とした。具体的には、①ＤＮＡ型データベースの拡充。②通信傍受の拡大。対象犯罪の拡大、令状発布の要件緩和、傍受実施手続見直し、通信事業者の協力義務の拡充。③会話傍受の制度導入。④仮装身分捜査の制度導入。⑤量刑減免制度。自首・自白の時期など内容によって量刑減免を行う規定を導入すること。⑥王冠証人制度。スパイによる組織の内部情報の入手。⑦司法取引（自己負担型・捜査協力型）。⑧刑事免責。⑨証人を保護するための制度。⑩被疑者・被告人の虚偽供述の処罰化。⑪黙秘に対する不利益推定、被疑者の虚偽供述の処罰。⑫刑法その他実体法（刑罰法令）の見直し。というおぞましい検討プログラムが作成された。<br />
さらに、参考人の供述を確保するための制度、捜査段階における文書提出命令、事業者等のデータベースに記録されている情報の適切な期間の保存、捜査機関による事業者の各種データベースへのアクセス等についても検討の対象となった。これらはすべて、これまでは反対が強いために導入されなかったり、制限されてきた「捜査手法」を全面展開するものなのである。黙秘権の否定というとんでもないやり口も導入しようとしている。<br />
結局、「全面可視化」については警察ＯＢの委員らが「警察の扱う殺人などの重大事件の取り調べに失敗は許されない」として執拗に反対し、試行導入も認めなかった。まさに、ちょっとした可視化と引き替えに、やりたい放題の人権侵害の権限を警察に与えるということだ。<br />
現在、法務大臣の諮問にもとづき、法制審議会に「新時代の刑事司法制度特別部会」が設置され、2011年6月29日から会議が開催されている。「最終報告」に基づき、法制審特別部会に新たな捜査手法の法制化を定める「改正法案」が持ち出されてくることは間違いない。救援連絡センターは、第2次刑事司法改悪ともいうべき、新たな捜査手法の導入に徹底的に反対する。<br />
2012年2月24日<br />
救援連絡センター</p>
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		<item>
		<title>声　明&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8211;根津・河原井停職処分取消訴訟弁護団 河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会 2012年1月31日</title>
		<link>http://qc.sanpal.co.jp/info/1477/</link>
		<comments>http://qc.sanpal.co.jp/info/1477/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 12 Mar 2012 08:02:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shaco</dc:creator>
				<category><![CDATA[インフォメーション]]></category>

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		<description><![CDATA[1月16日、最高裁判所第1小法廷は、一連の日の丸・君が代裁判について3件の判決を言い渡し、1名の減給処分と河原井純子さんの停職1ヶ月の処分は裁量権濫用にあたるとして取り消しましたが、戒告処分と根津公子さんの停職3ヶ月の処 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>1月16日、最高裁判所第1小法廷は、一連の日の丸・君が代裁判について3件の判決を言い渡し、1名の減給処分と河原井純子さんの停職1ヶ月の処分は裁量権濫用にあたるとして取り消しましたが、戒告処分と根津公子さんの停職3ヶ月の処分は違法ではないとして上告を棄却しました。私たちは、長年にわたって同じ思いでたたかってきた根津さんと河原井さんを分断し、同じ思いをこめてした不起立について、停職1ヶ月の処分は取り消し、それより重い停職3ヶ月の処分は違法ではないとする矛盾した判決を徹底的に弾劾するとともに、現在、東京地裁でたたかわれている根津さん河原井さんの停職3ヶ月・6ヶ月の処分取り消しを求める3件の裁判で、必ずや処分取り消しを勝ち取ることを誓います。<br />
判決は、「戒告を超えてより重い…処分…については、慎重な考慮が必要」と判断しました。しかし、「過去の…処分歴や不起立前後の行為における態度」が「秩序を害する程度の相応に大きいものである場合」には停職処分妥当という基準をつくり、それに根津さんを当てはめ、根津さんが過去に受けた処分の行為は「積極的な妨害」であり、「秩序を害する」ものであるから、停職3ヶ月の処分は妥当だとしたことは、極めて不当であると考えます。<br />
そもそも、君が代斉唱時に起立を求める職務命令に違反したことを理由に、累積加重処分をすることは、教員の真摯な信念に基づく行為について、その思想良心の変更を強要するものであり、不起立に対しては、戒告、減給、停職の如何を問わずいかなる処分も許されないと考えます。<br />
ことに、根津さんの処分量定（停職3ヶ月）は、過去の処分に加え不起立についての累積加重処分をしたものです。すなわち、河原井さんは3回の不起立で停職1ヶ月とされたことに比べて、根津さんは過去の処分歴があることを理由に減給6ヶ月から出発して3回の不起立で停職3ヶ月とされたものであり、いっそうその不当性が著しいものです。<br />
判決が「積極的な妨害」と断定した根津さんの行為は、どれも教育行政が学校に「日の丸・君が代」を強制し不当介入をする中で、子どもたちが事実を知り、それをもとに自分の頭で考える子どもに育つことを願ってした教育活動でした。1994年の卒業式の朝、根津さんが「日の丸」を降ろしたのは、「日の丸は揚げない」と決定した職員会議の決定を破り、「校長先生揚げないで」という生徒たちの声を無視して「日の丸」を掲揚した校長の行為に対して納得できなかった生徒たちの、「根津先生降ろして」の声に応えた行為でした。その声は、生徒の総意と言っていいものでした。また、判決が「校長を批判した」とする、生徒に配付した文書（1995年、1999年）とは、何も考えずに上からの指示に従うのではなく、事実をもとにして自分の頭で考えることの大切さを提起する学級だよりであり、教材プリントでした。<br />
さらに再発防止研修時に「強制反対」と書いたゼッケンを着用したことも、判決では「積極的な妨害」だとされていますが、思想信条の転向を迫るこの研修に反対し発言するのは、教育行政の不当な支配の是正を求める行為でした。この再発防止研修は、東京地裁の執行停止の申立に対する決定においても、違憲違法のおそれがあると指摘されていたものであり、これに抗議することは、非難されるべきことではありません。<br />
最高裁に問われていたのは、「君が代」斉唱時の不起立行為に対する停職処分の是非、並びにそれに対する累積加重処分の是非でした。しかし、根津さんの過去の行為を持ち出し、それを「積極的な妨害」＝「秩序を害する」としたことは、司法が「積極的な妨害」＝「秩序を害する」と恣意的に判断すれば、いかなる不起立処分も妥当とされる抜け道を用意したのと同じです。<br />
判決の翌日には大阪維新の会は「同一の職務命令違反3回で原則免職」の案を「1回で戒告、2回で減給、3回で停職」と修正したものの、2回の不起立処分の次に「指導研修」を入れ、職務命令に従うことを「宣誓」しなければ「現場に戻さない」「辞めてもらう」と発言しました。不起立のみでの免職案は撤回されましたが、「指導研修」で「宣誓」しない者は「学校の規律や秩序」を破壊する者と見なして、教員の適格性に欠けるとして分限免職に持ち込まれるおそれがあります。このような条例は、本件最高裁判決にも明らかに抵触するものであると考えられますが、判決が、思想良心の自由並びに教育の自由の本質をふまえて、累積加重は許されないと明示しなかったために、このような条例案が提案される余地を残してしまったといえます。本件最高裁判決は極めて恣意的かつ政治的な判決であり、自らが憲法「秩序を害する」ことに道を開いているといえます。<br />
国民の間で今なお意見や評価の分かれる論争的主題である「日の丸・君が代」を、その意味するところを隠し、命令と処分という環境の中で国家が、その「尊重」を子どもたちに体で覚えさせようとするとき、こどもの側に立ち続ける教師の責任を強く自覚します。とりわけ、東日本大震災での東京電力原子力発電所事故がもたらした多大な犠牲を通して「何事に対しても黙って従うのではなく自分で考え判断する（道を選ぶ）力の大切さ」を多くの人が強く思う今、教員が子どもたちに「日の丸・君が代」の意味や歴史を教え、「日の丸・君が代」の強制に反対して斉唱時に起立しないことは、子どもたちの知る権利を保障するまっとうな教育活動であることを私たちは確信を持って広く訴え、学校現場・市民と共に闘って行きます。<br />
私たち根津河原井停職処分取消訴訟弁護団と河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会は、君が代不起立に対するいかなる処分も許さないという立場を貫き、停職3ヶ月・6ヶ月の処分の取消をかちとるべく全力を挙げてたたかい抜く所存です。<br />
以上</p>
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		<title>被爆地の闘い　　福島県郡山市からの報告</title>
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		<pubDate>Mon, 12 Mar 2012 07:31:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shaco</dc:creator>
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		<description><![CDATA[目に見えない放射能 天地を揺るがす激しい揺れ、衝撃の津波映像、原発事故、あの3月11日から早くも1年。「天災は忘れたころにやってくる」という。巨大な自然災害、東北沖大地震と大津波の残した（目に見える）傷は1年後のいまもな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>目に見えない放射能</strong><br />
天地を揺るがす激しい揺れ、衝撃の津波映像、原発事故、あの3月11日から早くも1年。「天災は忘れたころにやってくる」という。巨大な自然災害、東北沖大地震と大津波の残した（目に見える）傷は1年後のいまもなお癒えないとはいえ、やがて長い時の流れが癒してくれるだろう。だが、東京電力を含む、この国の権力機構が引き起こした原発災害の（目に見えない）傷がいつか癒える時がくるのだろうか？<br />
福島県中通りの被曝都市のひとつ、郡山市のJR駅に降り立ってみるとよい。夕刻なら、駅前広場をファンタジックに演出するイルミネーションが旅客を迎えてくれるだろう。ショッピングモールをぶらついてみると、若い女性たちや親子連れが食事や買物を楽しんでいるのを見かけるだろう。　放射能の厄介な点をあげれば、「目に見えない」物理的事実、「見させない」政治的策謀、「見たくない」心理的防衛機構。県民の多くが「見ザル、聞かザル、言わザル」となるような、分断化された社会状況の福島県内で、ある女性はフェースブックに次のように書いた。「たとえば、ふくしまに『とどまれ』と言われると『人の命をなんだと思ってるんだ！』と言いたくなり、『避難しろ』と言われると『そう簡単に言うな！こっちにも事情があるんだ！』と言いたくなってしまうこと…たとえば、明日にはこの家を遠く離れるかもしれない、と毎晩考えること…たとえば、それでも明日もこの家で暮らせますように、と毎晩祈ること…毎日、怒ること…毎日、祈ること…」<br />
<strong>目に見えない戒厳令</strong><br />
福島第1原発が次々と爆発し、膨大な量の放射性プルームが通過したいたあの頃、多くの県民たちは情報を与えられないまま、一家総出で生活用水確保のために給水所の長い列に並んでいた。新学期になると小中学校が再開され、4月19日、文部科学省が一般人の法定年間被曝許容基準1ミリシーベルトを【無視】して、学校施設利用のさいの年間被曝20ミリシーベルト容認を福島県教育委員会に通知した。これは、部外者の立ち入りが禁止される「放射線管理区域」基準の約四倍にあたる。その後、文科省は度重なる親たちや子どもたち自身の抗議行動に押されて「年間被曝1ミリシーベルトを目指す」と約束したが、通知そのものは撤回していない。教育を司る官庁みずからが超法規的行政を恥じないこの国は、法治国家ではなく、人治国家であることを世界に露呈したのである。<br />
福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに就任した長崎大学の山下俊一教授は100ミリシーベルト安全論を振りまき、「皆さんは日本国民です。日本国民は政府の方針に従う義務があります」と講演するしまつ。任命者の佐藤雄平福島県知事は農業立県・福島県産食品の安全・安心キャンペーンにいそしみ、福島市で公演したアジアン・ビューティ12人に囲まれて、「（メディアに連日登場する）私は、世界一有名な首長かもしれません」と浮かれる。<br />
原発禍のもとにあるこの国の危機管理の主眼は、国民の命・財産を守ることにはなく、社会的パニックを防止し、既存体制を防護することにある。そして、佐藤知事の懸念は、県民の健康被害にはなく、人口流出による県勢の衰退にある。ここに1枚の写真がある（毎日新聞撮影）。役場ごと郡山市に避難していた川内村の村長が3月からの帰村を宣言し、小学校の再開のために放射線防護服・マスク姿の女性たちが除染している光景である。このような異様な環境のなかへ子どもたちを呼び戻そうというのである。<br />
<strong>暗闇のなかの希望</strong><br />
昨年6月、郡山市内の小中学生14名が「年間被曝1ミリシーベルト以下の安全な場所での教育の実施する」仮処分を申し立てたが、12月になって、福島地裁郡山支部は「100ミリシーベルト未満の低線量被曝の晩発性障害の発生確率について実証的な裏付けがない」などと理由付けして、この申立を却下した。裁判所みずからが法の精神をかなぐり捨て、政・官・産・学・メディアのペンタゴン複合体「原発ムラ」の番犬に成り下がったのである。　昨年春、原子力資料情報室のアメリカ人スタッフが帰国するさい、「日本の市民運動の弱点は、言葉の壁もあって、海外との連携が欠如していることです」というメッセージを残した。環境活動家、アイリーン・スミスさんは『水俣と福島に共通する10の手口』を「1、誰も責任を取らない／縦割り組織を利用する。2、被害者や世論を混乱させ、『賛否両論』に持ち込む。3、被害者同士を対立させる。4、データを取らない／証拠を残さない。5、ひたすら時間稼ぎをする。6、被害を過小評価するような調査をする。7、被害者を疲弊させ、あきらめさせる。8、認定制度を作り、被害者数を絞り込む。9、海外に情報を発信しない。10、御用学者を呼び、国際会議を開く」と数えあげ、海外発信の重要性を示唆している。<br />
徳川幕府の鎖国政策や近隣国の独裁体制に引けを取らない「民主主義国家」日本の手口に対抗して、被曝地域にいる子どもたちの命と健康を守るために、ふくしま集団疎開裁判の会は世界に向けて情報とメッセージを発信し、国際的な支持と支援を要請することの重要性に気づき、2月26日、東京で「世界市民法廷」を開催した。「わたしたちは『原発ムラを包囲する世界市民』となり…子どもたちの命と健康を守るための壮大な闘いの第1歩」（開廷挨拶より）を踏まなければならない。<br />
福島地裁郡山支部における現実の裁判の経緯をモデルとした法廷ドラマと仮想の陪審団討議が舞台上で進行し、第2部のパネル・ディスカッションと併せて、同時通訳インターネット映像が世界に配信された。東京に続いて、世界市民法廷は3月17日に福島県郡山市でも開催され、これも世界に映像配信される予定である。<br />
目に見えない放射能に汚染されただけでなく、安全・安心を装った1種の戒厳令体制に覆われた被曝地の未来は暗い。汚染地域の住民を放置する日本の未来も暗い。この暗闇のなか、わたしたちは新たな道を切り拓かなくてはならない。「疑ってはいけない。思慮深く、献身的な市民のグループが世界を変えられるということを。かつて世界を変えたものは、実際それしかなかったのだから」―マーガレット・ミード（人類学者）<br />
<strong>（ふくしま集団疎開裁判の会　井上利男）</strong></p>
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		<title>抗議と申し入れ</title>
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		<pubDate>Wed, 29 Feb 2012 09:16:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shaco</dc:creator>
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		<description><![CDATA[私たちは１９６９年の結成以来、人権団体として警察の不当な弾圧を監視する活動を続けてきた団体です。 この４月から横浜の福祉事務所に警察官ＯＢが配置される予定であるということを知り、驚いています。 今日の大不況の中で、生活保 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私たちは１９６９年の結成以来、人権団体として警察の不当な弾圧を監視する活動を続けてきた団体です。<br />
この４月から横浜の福祉事務所に警察官ＯＢが配置される予定であるということを知り、驚いています。<br />
今日の大不況の中で、生活保護を受給できなかったために餓死したり、悲惨な生活を強いられている人々が大勢います。福祉事務所の役割が一層重要になっています。<br />
そのような情況下で、生活保護の相談窓口である福祉事務所に警察官ＯＢが配置されるということは、全く理解できません。福祉事務所に相談に来る人を監視したり、刑事事件として捜査することを目的とするならば、相談にくる人を萎縮させることにしかなりません。<br />
救援連絡センターには生活保護の打ち切りに抗議したことで逮捕され、起訴された人の相談なども寄せられています。福祉の職員の不適切な対応に抗議したことで警察に通報され、福祉課が警察に被害届を出すという信じがたい事態が起きています。<br />
福祉事務所に求められていることは本当に困って相談に来た人へのていねいで適切な対応でなければなりません。そういう意味でも福祉と警察は相容れるものではありません。<br />
ただちに福祉事務所への警察官ＯＢの配置計画を撤回されることを求めます。</p>
<p>２０１２年２月２９日　　　救援連絡センター<br />
〒１０５－０００４<br />
東京都港区新橋２－８－１６　石田ビル５階<br />
電話　０３－３５９１－１３０１<br />
FAX　０３－３５９１－３５８３</p>
<p>横浜市御中<br />
健康福祉局保護課御中<br />
市民局公聴相談課御中</p>
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